観光DX成果報告会まとめ――デジタル技術を活用した理想の観光業のあり方を目指して
長期化するコロナ禍の影響により、観光業界はまだまだ厳しい状況に置かれています。そこで観光庁では、次の時代を見据えて各地の観光事業を盛り上げていくために、観光×DXの取組を進めています。
具体的に令和3年度は、「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」を5事業、そして「来訪意欲を増進させるためのオンライン技術活用事業」を12事業、計17の実証事業を行い、新たな観光モデルの構築や観光地経営の改善に取り組んできました。
ここでは、2022年3月15日の観光DX成果報告会「Next Tourism Summit 2022」において実施された、2つのトークセッションから要点を抜粋し、今後の先進的な観光のあり方、そして観光の未来に関するヒントを探ります。
「先進的な観光・地域活性化とデジタルの取組」
まずはブランコ株式会社の山田ヤスヒロ氏をモデレーターに、株式会社鹿島アントラーズFCの小泉文明氏、株式会社オリィ研究所の結城明姫氏、観光庁の山﨑英輝氏ら計4名によるトークセッションから、観光産業とDXの融合についての議論の一部をご紹介します。
■観光DX成功の秘訣は、ジャーニーの作り方
山田:令和3年度、17の実証事業を終えたわけですが、採択事業の1つを担った立場でもある小泉さんは、今回の観光DXの取組についてどのように感じていますか。
小泉:地域に根ざした観光開発を考えた場合、サッカーという強いコンテンツがあることはメリットになり得ると、改めて実感しています。Jリーグには現在58のチームが存在し、それぞれが地域活性化に取り組んでいるところ、鹿嶋市の場合は人口約6万8,000人に対し、コロナ前は年間で約40万人を集客していました。この強みを生かし、そしてDXを図りながら、さらなる観光開発を進めるのが次のステップだと考えています。
山田:ちなみにこのDXという言葉は、これだけ世の中に浸透しながらも、一方では「DXって何?」という層がまだ大勢いるのも事実です。そこで気をつけなければならないのは、デジタル化が目的になってしまい、肝心の観光促進が果たされないパターンですよね。
小泉:やはり重要なのはジャーニー(旅)を作ることでしょう。僕らで言えば、試合観戦のために鹿嶋市を訪れた人々が、試合の前後に周辺エリアを観光する楽しみが生み出せなければならないわけで、そのプロセスの要所にデジタルを取り入れる必要があります。そこでアントラーズでは自前のアプリを開発して回遊を促し、ジャーニーを作る工夫を行っています。
結城:私たちの分身ロボット「OriHime」も、単に遠方の人同士が双方向にコミュニケーションをとるだけで終わってしまうと、地域に価値は生まれません。小泉さんがおっしゃるように、ジャーニーの中に「OriHime」が組み込まれることが大切で、例えば体の不自由な方が「元気になったらぜひ自分の足でこの場所を訪れてみたい」と、モチベーションの源泉に繋げるのが理想です。
また、高齢で「もうお墓参りに行くこともできないわ」とおっしゃっていた方が、「OriHime」を通して仮想的に墓参りを体験したら、「なんだかまた現地(お墓)に行けるような気がする」と前向きな気持ちを取り戻し、翌年にそれを叶えたケースも実際にありました。このように、デジタル技術の活用でモチベーションを起こすことでジャーニーを作る、という考え方もあると思います。
山﨑:そうですよね。DXとは何かを考えた時、単に人を呼べればいいのか、それともビジネスモデルそのものを変えたいのか、目的を明確にしなければなりません。そのうえで、ユーザーは誰なのかという絞り込みを、今回の17事業においても1年間かけて行ってきました。ターゲットとジャーニーを具体的に想定し、ユーザーのモチベーションをいかに誘発していくかが重要です。
■カギを握るのはデータの利活用
山田:観光の活性化を考えた時、その地域の人々のシビックプライドをいかに養うかもポイントだと思います。やはり、地元の魅力に自信を持っている方というのは、その地域を積極的に売り込むスタンスを自然に持っていますからね。
小泉:同感です。シビックプライドはすべてにおけるベースで、それがなければ旅先に非日常を求めている観光客を惹き寄せることはできません。その反面、一昔前のペルソナ設定はもう無意味になっているように思います。というのも、嗜好というのは世代や性別で簡単に括れるものではなく、多様化するライフスタイルや価値観に合わせた分析が必要で、小手先のマーケティングではもう通用しないんですよね。
山﨑:確かに、例えばインバウンドマーケティングを見ても、これまでは分母が大きかったため、国籍と世代だけをチェックしていればそれなりに対応できた面がありますが、こうしてインバウンド需要が激減した今は、まさにマーケティングの手法を見直すべきタイミングだと感じます。そのためには、地域の魅力や特性、そしてどういう人たちが訪れているのかを、正確に把握する必要があると思います。
結城:おそらく観光に対する魅力の感じ方も、コロナ前とは少し変化していますよね。何より、ステイホームやリモートワークで多くの人が孤独を知ったことは大きいはずで、例えば旅先で触れた人々の温かさや交流の楽しさは、今後さらに価値を持つのではないでしょうか。逆に、単に案内板が立っているだけの名所に対する喜びは、これまでよりも薄れていくかもしれません。そのあたりは汲み取っていかなければならないでしょう。
山田:そうですね。結局、その物や場所自体に魅力がなければ、デジタル化したところで効果なんて期待できないですからね。
小泉:我々が直面している課題もまさにそこなんです。アントラーズのファン層はJリーグの中でも少し変わった傾向を持っていて、55%が県外からの来場で、1人あたり平均で片道95分かけて鹿島へやって来ているというデータがあります。つまり、試合時間(90分)よりも長い時間をかけて来てくださっているにも関わらず、地域への経済効果に繋がっていないのが大きな問題です。
だからこそ来期以降も引き続き、どういった形でジャーニーを作り、地域への還元に繋げられるかを考えなければなりませんし、また、地元の皆さんにも地域の魅力作りについて再考していただく必要があります。その点、DXによって人流やファンの属性といったデータが取れるようになったのは大きく、今後はそのデータをどう利活用していくかというフェーズに入っていくと思います。もっとも、個人情報の活用に抵抗感を持つ方がまだまだ多いのも実情ですが……。
山﨑:そうなんですよね。その一方では、このコロナ禍で観光産業が大きな打撃を受けたからこそ、皆で連携しなければという意識が芽生え始めた部分も感じています。最初は理解のあるごく少数の単位からでも構わないので、ミニマムに始めた取組を少しずつ大きく広げていく努力が必要なのかもしれません。
山田:コロナ禍がパラダイムシフトの大きなタイミングであったのは事実で、本来なら10年くらいかけて移行するものを、1~2年で強引にデジタル化した面もあると思います。ぜひ観光業界にもそうした抜本的な変化を期待したいですね。
「観光の未来を考える」
続いては、株式会社やまとごころの村山慶輔氏、アクセンチュア株式会社の工藤祐太氏、観光庁の星明彦氏によるトークセッションから、観光業界の未来についての議論の一部をご紹介します。
■観光DXの第一歩はデータを把握すること
星:これからの観光を考えた時、いかに現状の課題を解決し、いかに顧客の体験価値を底上げしていくか、さまざまな論点があるでしょう。観光産業はこれまで、売りやすいものを大量に売って市場を伸ばしていく、昭和的な手法で発展してきましたが、既にそうしたやり方ではニーズを掴むのは困難な時代になりつつあります。
現在の観光シーンは、自分や家族にとっての意義や価値を重視して旅をし、旅先で仕事をすることもあれば、そこに住まうこともあるという広がりを見せています。ある意味では観光サービスが、事業者が提供するものから顧客の手の中に帰っていく時代とも言えそうですが、このあたり、実業として取り組んでいる村山さんはどうお考えでしょうか。
村山:私は事業者と地域、双方と接点を持ちながら取組を進める立場ですが、わかりやすいのは企業の論理で、いかに売上を伸ばし、どう利益を確保するかが重視されます。そしてそのために客数や客単価、リピート率を上げる工夫をしたり、社内の業務効率を改善したりといったさまざまな施策が講じられるわけです。
一方で、エリアとして稼いでいくために、エリア単位のマーケティングが有効なのかという議論もあるでしょう。例えば私が携わっているゴルフツーリズムでも、ゴルフをやる方というのはゴルフ場単位の視点なので、地域はあまり重視していない特性があるんです。つまり大切なのはエリアではなく、その顧客をどう誘導するかで、デジタルはそこにリーチする有効な手段になります。
星:なるほど。私は自転車をやるので、ゴルフの事例は非常にわかりやすいです。そうした何らかの属性を持つ層というのは、ファンマーケティングに基づいて求める環境やサービスを用意するべきで、そのマインドをデータでしっかり把握することが第一歩ということですよね。
では、福島県の会津若松市でスマートシティ開発に取り組まれている工藤さんは、そうしたデータ連携、あるいは面的なプラットフォームの整備といった視点から、顧客の体験価値向上についてどのようにお考えですか。
工藤:例えば飲食店や宿泊施設など、地域の個々の店舗や施設が持っているデータは、いまだに紙でストックされているケースも多いのが実情です。そのため、まずはDXによって自分たちが持っているデータを正しく把握し、それを地域内で出し合って議論する世界観を作ることから始めなければなりません。
観光事業者が顧客を迎える際にしても、データを起点にサービスを構築するファクトフルネスな状況を整えるべきで、IT化、デジタル化によってデータを持つだけでなく、それを仕組みづくりに生かすことが本当の意味でのDXですからね。
星:おっしゃる通りだと思います。旅先の宿のご主人と話していても、自分の宿にどういう顧客が来ているのか、意外と把握していないケースが多くて驚かされます。あるいは、データはあってもどこかのシステムベンダーに任せきりで、手元にやって来るのは1ヶ月後、なんて現場もありました。これからの時代を生き延びるには、もっと高い水準で生産性の向上を図り、付加価値を上げていく必要があるでしょうね。
■デジタルを使って稼ぎ続けるモデルを
工藤:ユーザー(消費者)についてのデータというのは、属性や志向性が蓄積されたパーソナライズデータと、リアルタイムの消費者の行動データの2つに大別できると思います。前者はサービスの整備や利用が進まなければ蓄積ができず、利活用までは時間がかかるため、即時的に利活用が進む可能性があるのは後者と考えます。一つの事例として、我々が今進めようとしている「デジタルのれんプロジェクト」があります。これは飲食店のDX化事業の一環で、IoTによってのれんを掛けたら開店、降ろしたら閉店という営業データを採取し、即時にユーザーに伝えようという取組です。
また、そこに人流データも連携させれば、例えば一次会に使われる飲食店の客入りを見ながら、二次会利用の店舗が早めに店を開けたり、あるいは臨時休業したり、柔軟なマネジメントが可能になります。パーソナライズされたデータと並行して、こうしたリアルタイムデータの利活用を進めることも、観光業において重要ではないでしょうか。
星:そうですね。人流が可視化されて地域で共有されていれば、街に人の多い日は、そこに重点的にタクシーが集まるような動きもとれます。また、人材の配置や食材のストックなど無駄を省くことにも生かせるでしょう。飲食店は特に、光熱費など固定費がかかる業態ですから、こうした施策は有効だと思います。
村山:個人的には、観光産業における最大の課題は繁閑差だと思っています。1年の中での繁忙期と閑散期、1日の中での客入りの波にどう対処するかという点でも、データの活用は不可欠でしょう。
そうしたデータを元に、例えばシェアリングエコノミーによって負担を分散させたり、サブスクリプションによる定期課金で収益アップに繋げたり、あるいはEコマースによって閑散期の売上維持を目指したり。どれも基本的なことではありますが、社会全体がデジタル化に向かっている中では、当然、観光産業や飲食業も例外ではないわけで、デジタルの活用を進めなければ時代に取り残されてしまいますよね。
工藤:そうですね。ただ、そこで一昔前のように、個別にIT投資を行い、デジタル化を進めるだけでは、いつまでたっても共創は進まないと思います。つまり地域全体のDX化を見据えて活動を進めることが重要で、推進に向けては、標準化と共通化を意識しつつ、デジタル化により業務を効率化する協調領域の仕組みづくりを進めていく必要があると考えます。推進にあたってのルールの設計や導入支援の部分については、ぜひ国や地域の動きに期待したいところです。その上で、全国的な普及へ向けては、まずは地域全体でデジタルを使って稼ぎ続けるモデルを回す事例を作っていく必要があるのではないでしょうか。
星:観光DXとはつまり、デジタル技術を使って観光客の体験、そこで暮らす人の価値を上げていくということなのだと思います。そして本日お二人の話を伺っていて、その両輪を最適な効率で回していける時代がやって来たと感じています。我々としても引き続き、観光市場を盛り上げ、観光事業者が稼げる未来を提示できるよう、尽力していきますので、今後もお力添えをいただけましたら幸いです。
観光庁による令和3年度の観光DX推進事業の取組では、17の実証事業を中心にさまざまな成果を得ることができました。次年度も引き続き、観光産業の再生と発展を目指し、さらなるDX推進事業を進めて参ります。引き続き、観光庁の取組にご注目ください。
【観光DX成果報告会のアーカイブ動画】
今回まとめた2つのトークセッションを含むアーカイブ動画は、観光庁公式YouTubeチャンネル(下記URL)よりご覧いただけます。
【ナレッジ集~Next Tourism Report~】
令和3年度の観光DX推進事業の取組を通して得られた成果、改善点及び対応策等についてとりまとめたナレッジ集を以下よりご覧いただけます。