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〈室長対談〉観光庁はなぜ今、DXを強く推し進めるのか?

日本の観光業に今、DX化が求められる理由は何か? 観光シーンが抱える現状の課題とその解決策、そしてアフターコロナを見据えた次代の観光の在り方を、観光庁 観光資源課に所属する2人の室長に聞きました。

■観光業のデジタル化を遅らせる4つの原因

――まずはなぜこのタイミングで観光庁がDXに注目し、推進するために動き始めたのか、その背景から教えてください。

中谷:日本の観光業界は、デジタル化が著しく遅れています。例えば宿泊業ひとつをとっても、欧州と異なり直販が少なく、販路の大半を旅行代理店やOTA(旅行サイト)に頼っている現状があります。そのためなのか、労働装備率(従業員1人当たりの設備投資額)は決して低くないにも関わらず、労働生産性(1人当たりの付加価値)やソフトウェア装備率が低いのは、大きな課題と言えるでしょう。

デジタル化が遅れている理由は、大きく4つあると考えられます。1つ目は資金の問題で、デジタルに対して必要な投資ができずにいること。2つ目は、外注に頼ってきたため、知見が発注者自身にストックされていないこと。3つ目は、デジタル化する戦略はおろか目的が明確になっていないこと。そして4つ目が、それらを担う人材の育成・確保がなされていないことです。

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新コンテンツ開発推進室長・中谷純之

横田:また、新型コロナウイルスの蔓延による移動制限などにより、観光関連産業は大変厳しい状況に置かれています。観光産業には全国でおよそ900万人もの方が従事すると言われており、一刻も早い状況の打開が必要とされています。更に、今後もこのような非常事態が起こらないとも限らず、観光客の来訪にのみ依存する経営手法では、将来的にもリスクを抱えることになるでしょう。

そこでピンチをチャンスに変えるべく、デジタルの活用が加速化するなど社会情勢の変化を踏まえた新たなビジネスモデルを提示する必要があります。例えば、コロナ禍においてオンラインツアーの取組が注目されるようになったのは1つのヒントで、こうした市場をいかに広げ、定着させていくかといったアイデアが求められるわけです。

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地域資源活用推進室長・横田愛

中谷:そこで重要なのは、リアルとの融合でしょうね。かつて私が現職に着任した頃は、観光資源におけるICT利用と言えばVR一辺倒でしたが、デジタルデータだけで完結させず、より画期的な技術やアイデアをもって日本の観光業を前進させていきたいとの気概を持ち続けていました。シーズ志向に偏りすぎるのは良くありませんが、それでも技術は人を裏切りませんから、観光産業を大きく発展させる起爆剤になると信じています。

横田:日本の観光地にはまだまだ新しい魅力がたくさん眠っていますからね。その地域ならではのヒト・モノ・コトを通じて、その魅力の発信と認知度の向上に、デジタルを有効活用しなければなりません。

――そうした視点から、先だって発表された5の開発事業と12の活用事業、それぞれの注目ポイントを教えてください。

中谷:開発事業の方ではまず、「鹿島アントラーズを基軸としたエリアマネジメントの変革」には、ダイナミックプライシングの活用に期待しています。これまでは限定クーポンをプッシュで送るなど、割引する事例がほとんどしたが、混雑の回避や収益力強化のために、リアルタイムにどれだけ大きく値上げできるかがカギだと考えています。

「XR技術を用いた屋外周遊型XRテーマパーク開発事業」や「5G・自動運転・XRが創る『どこでもテーマパーク』」では、従来の単方向VR観光から脱却し、バスやエリアをテーマパーク化するために、リアルとヴァーチャルの座標空間を融合するMRや屋外での電動車いすの自動運転の高度化など、技術的なブレイクスルーを期待しています。

「次世代型ガイド価値拡張プラットフォーム事業」では、いわば「日本版Googleストリートビュー」と言われるようなレベルに迫れるかどうかに注目しています。

「顔認証と周遊eチケットを融合した手ぶら観光の実現」は、顔認証技術の新たな活用事例になるのではないでしょうか。すでに和歌山県の南紀白浜空港では、顔認証技術をベースに決済やおもてなしを行う実証実験が実施されていますので、今回の事業では新たな価値の創造を望みます。

横田:活用事業では、食文化や伝統工芸、伝統芸能、自然などの多種多様な観光資源を取り上げられるよう選定を行いました。今回の活用事業の中にもヴァーチャルを利用したツーリズムやオンラインツアーの事例が見られますが、デジタル技術を駆使すれば、現地を訪れているかのような体験、又は付加価値を加えることでそれを上回るような体験の提供も可能で、いずれもその地域ならではの観光資源を有効利用する事例になるのではないかと思います。

今の時点でDXに興味は持っているけれど、どこから取り組んでいいのかわからないという事業者は全国に多いでしょう。観光庁としては活用事業をモデル事業として実施することにより、DX活用のアイデアやノウハウの情報提供につながればと考えています。

例えば、参加者の好奇心や満足度を高めるにはどうすればいいのか。サプライズや感動を仕掛けるためには、どのような手法があるのか。実際にオンラインの活用によってできることを具体的にお見せすることで、DXのハードルを下げることにつながれば幸いですね。

■持続的に収益を強化する“攻めのDX”を!

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――これらの開発事業と活用事業を通して、観光庁が目指すものは何でしょうか。

中谷:これまでの観光ICTに関する観光庁での取組は、“公式を覚える”ようなものが多く、それを現場でどう当てはめていくかがテーマの中心でした。しかし、攻めのDXを推進するためには、今年度開始した開発事業や活用事業のように、"定理を検証する"フェーズに移行していくべきでしょう。

このような即効性のある取り組みを進めることにより、技術的課題が見えてきます。コロナ禍を経て真の観光立国を目指すためには、中長期的な視座からこのような課題をテーマにして研究開発を行い、新しい"定理を創りだす"ことが肝要であると確信しています。同時に、継続的な人材育成とそれにより達成されるデジタルの有効活用によって、コストカットではない、生産性向上に向けた基盤を構築しなければなりません。このような腰を据えた取り組みが、2030年の訪日外国人旅行消費額15兆円を達成するために必要な収益力を、地域が獲得することに繋がります。

横田:DXは旅行や観光に対するハードルを下げることにも通じる取り組みだと思います。1人の人生の中で訪れることのできる観光地の数は限られてしまいますが、オンラインであれば移動時間やコストの制約が解かれ、個人のアクセス箇所の数が飛躍的に増えるはずですからね。

また、特定の時期にのみ需要が集中する観光地は少なくありませんが、オンラインツアーなどを活用すれば、閑散期の需要の掘り起こしも可能でしょう。デジタルの有効活用により、国内外を問わず広く臨場感ある体験の提供や魅力の発信をしていくことで、観光地の再生に繋げていかなければなりません。

中谷:いずれにしても、公金に頼る対策には当然限界があるわけですから、各観光地が自走できるモデルを作る必要があるわけです。そのモデルを横展開していくためには、デジタルをもっと当たり前のことにしなければなりません。そのための人材育成にしても、役所がやりがちなセミナーや講習会を行うだけでは、特にこの領域では不十分なんですよね。アイデアソンやイノベーションキャンプのように、互いのアイデアや知見を競い合う場づくりをすることが有効だと感じています。

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横田:すでに各地で様々な取り組みが行われてはいますが、まだまだ収益性が低く、地域の経済活性化にまでは至っていないのが実情です。ターゲットの分析や商品特性などをより明確に絞り込むなど、データに裏付けられた戦略に基づいてツアー造成や商品化を行う視点が必要ですよね。

中谷:デジタル化に遅れを取っている観光業に求められるのは、他産業から学ぶことだと私は思います。デジタル化で先行する他産業の成功事例と失敗事例とを学ぶことで、DXを一気に推し進めることが可能でしょう。

一方、ユビキタスコンピューティングの祖として知られるアメリカのマーク・ワイザー博士はかつて、「人間は生きていく上で様々な雑務に追われるが、コンピューターの支援によって本当にやるべきことに人生を使えるようになる」と説きました。逆に言えば、あくせくと帳簿の管理に追われていては、攻めのDXは実現できないということです。つまり、「当たり前のデジタル化」を達成することが、DXにチャンレジすることの前提になります。

横田:高齢化や人口減少で、労働力不足に直面している観光地も多いですが、予約や決済の自動化、チャットボットの活用による省力化など、DXによってカバーできる部分は決して少なくありません。むしろそうした地域ほど、理想的にDX化が進めば加速度的な成長も期待できるのではないでしょうか。

これから人口減少、少子高齢化がますます進む日本にとって、観光は成長戦略の重要な柱です。とりわけ地域の活力を維持するためには、国内外からの交流人口や旅行消費の拡大が不可欠でしょう。

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――では、理想的にDX化が進んだその先の世界において、日本の観光業にどのような期待をお持ちですか。

中谷:プロプライエタリーという言葉がありますが、ある目的・用途のためだけにモノを作るのは非効率ですし、ガラパゴス化してもいけません。適度な汎用性を保ちながら、観光業だけに閉じないDXを推し進めることが、本当の意味での地域の収益力強化に繋がります。

住民の皆さんが不便を感じる地域は、観光客にとって快適な場所になれませんからね。地域住民の方が暮らしの中で利用されてこそのDXであり、それが何度でも訪れたい地域、あるいは働きたい街、ひいては住みたい街を育むんです。

横田:今年3月にUNWTO(国連世界観光機関)が発表した調査予測によれば、2021年の国際観光は、ワクチンの普及によって回復が見込まれています。また、日本はアフターコロナの旅行先として高い支持を得るとの予測もあります。

だからこそ、国内外の観光需要が回復した際に万全の体制で受け入れられるよう、準備をしておくことが大切です。デジタルの力で地域の魅力を効果的に発信し、より付加価値の高いサービスを提供できる土壌を作っておくことが、アフターコロナの大きな発展に繋がります。日本の観光資源の歴史的背景・地域固有の文化・風習など、より多くの方々に伝えるとともに体験していただきたい。それは観光地としての発展だけでなく、地域の人々の暮らしや文化の継承にまで通じているはずです。