富士五湖エリアの手ぶら周遊観光の実現を目指して
日本一の高さを誇る山といえば、言わずと知れた富士山。四季折々の美景を見せる富士山は、古来から日本人の心の拠り所となり、2013年には「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として、世界文化遺産への登録も果たしました。
富士五湖や富士急ハイランドなど多くのスポットを擁し、日本を代表する観光地としても名高い富士山周辺エリアですが、その反面、ポテンシャルを十分に発揮しているとは言えない状況が続いてきました。その理由はいったい何か?
今回、観光庁が主導する「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」に採択された「顔認証と周遊eチケットを融合した手ぶら観光の実現」では、知られざる課題を解決するために、DXによって各施設と交通手段をシームレスに繋ぐ新しい観光モデルの構築が進められています。
▼訪問スポット数「平均1.3箇所」という課題
富士山に登りたい。富士急ハイランドで遊びたい。湖畔でのんびりしたい。いずれも富士五湖周辺ならではの過ごし方であり、このエリアが高い人気を誇るのも大いに納得させられますが、一方でこのエリアは次のような課題を抱えていました。
「富士山を中心にこれだけ雄大な自然と多数の観光スポットを備えながらも、いかに富士山エリアの様々な観光コンテンツに触れ、周遊して楽しんでいただくかは長らくの課題でした。そこで今回のプロジェクトでは、地域全体の魅力をより多くの人に理解していただくために、各観光施設はもちろん、それらを繋ぐ移動手段までシームレスに繋ぐ仕組みとして、顔認証技術と周遊eチケットを融合した“手ぶら観光モデル”の実現に向けて準備を進めています」(パナソニック システムソリューションズ ジャパン株式会社・大山一朗氏)
顔認証技術とは、既にスマートフォンのロック機能などに採用されているように、個人の顔で生体認証を行う仕組みのこと。そして周遊eチケットは、その顔認証技術によって現金やICカードなどを用いることなく、身一つで利用認証や決済ができるシステムを指しています。
つまり、あらかじめ登録を済ませておけば、財布もスマートフォンも持たず、文字通り手ぶらのまま各施設を観光したり、バスや鉄道などの交通機関を利用したりできるようになるのです。
「山梨県が実施した調査によれば、観光客が富士山周辺エリアで立ち寄るスポット数は、平均1.3箇所というデータがあります。これは決して高い数字とは言えず、大半の観光客が目的のスポットしか訪れていない事実を示しています。地域の観光収益を伸ばすためには、回遊性の向上が不可欠であると考えられるでしょう」(大山氏)
顔認証により手ぶらで自由に周遊できる仕組み作りは、そのための重要な一手というわけです。
▼ダイナミックプライシングで混雑を緩和
今年11月に予定している実証実験では、2日間の周遊eチケットを提供予定。サービスの起点は、既に運用されている富士急ハイランド公式アプリで、ユーザーは出発前に、アプリの中に設けられた専用ページから顔や決済手段の登録を行います。
また、今回のプロジェクトにおける大きなポイントは、周遊eチケットにダイナミックプライシングを適用する点です。
「富士山周辺エリアに限らず、観光地は天候やイベントの有無によって来訪者数が大きく変わるものです。そうした変動に合わせて価格をフレキシブルに変更するダイナミックプライシングを周遊チケットに組み込む取組は、全国でも珍しいのではないでしょうか」(大山氏)
AIの予測によって、エリアの来客に余裕がある日は安く、逆に混雑が予測される日は高く、周遊チケットの価格をタイミングに合わせて変動させようというダイナミックプライシング。これにより、観光客側は待ち時間を減らすことができ、観光事業者側はオンシーズンでも各スポットに効率的な人員配置が可能になるなど、多くの利点が生まれます。混雑回避という点においても、感染症対策が求められる世相にぴったりのシステムと言えるでしょう。
他方、顔認証を行うインフラ面はどうか。これについてはパナソニック株式会社の柴崎健一郎氏が次のように補足します。
「駅や観光施設、鉄道、バスといった周遊圏内の各所には、タブレット型の認証端末を設置します。この端末はクラウドサービスを活用するので、設置にあたって大掛かりな工事などは必要ありません。また、鉄道駅にはより高速に認証可能なポール型の設備を配し、利用客はウォークスルーでストレスなくチケットの顔認証による確認、乗車が行えるよう配慮します」(柴崎氏)
▼リアルタイムデータ解析でトータルなエリアマネジメントを
また、リアルタイムの来場データに基づき、個々のユーザーに次のおすすめスポットをレコメンドする機能も実装予定。旅の道中をより充実させるために一役買ってくれるに違いありません。
さらに、こうした利用データは事業者側にとっても大きな意味を持っています。
「利用率の低いスポットやエリア内における動線の不備など、新たな課題を掘り起こすための重要なデータとして活用できます。また、来訪者数を正確に割り出すことができるので、利用実績に応じた利益配分が可能になるなど、エリアマネジメントの観点からも非常に有意義な仕組みだと思います」(大山氏)
観光客と観光事業者の双方にとって、計り知れないメリットを多数秘めている顔認証+周遊eチケットの観光マネジメントモデル。広い範囲に人気スポットが多数点在する富士山周辺エリアは、まさにこうした実証実験の場としてうってつけです。
このモデルが確立すれば、全国各地の観光地にとっても有力な誘客施策となるでしょう。